企業参入とコーペティション

2026/9/7 1分で読める

拙稿 Hattori, K. and Yoshikawa, T. (2026) “Profit-Increasing Entry and the Low-Entry Trap under Coopetition” の簡単な解説。

研究の背景

新しいライバルの登場は、既存の企業にとって歓迎しにくい出来事です。同じ顧客を奪い合う企業が増えれば、一社あたりの利益は減る。通常は、そう考えます。

しかし企業は、顧客を奪い合うだけでなく、市場そのものを一緒に育てることもあります。観光地のホテルや飲食店が地域の魅力を発信する。メーカーが商品分野全体の認知度を高める。事業者が、顧客を呼び込む共通の基盤に投資する。こうした場面では、新規参入者はライバルであると同時に、市場を育てる活動の新たな担い手でもあります

つまり企業参入には、競争を激しくする効果と、市場を広げる効果の両方があるわけです。

このように競争と協調が共存する状況は、**コーペティション(coopetition)**と呼ばれることがあります。このような市場環境において、企業の新規参入は既存企業の利潤にどのような影響があるのでしょうか。また、これは市場の立ち上がりにも関係します。**十分な数の企業がそろえば事業が成り立つのに、少数の企業だけでは成り立たないとしたら、誰が最初に参入するのでしょうか。**本研究は、この二つの問いを理論的に考えています。

何をやったのか

同じ生産技術と投資技術を持つ企業が、まず業界全体の需要を拡大する活動への投資額を決め、その後に生産・販売する量を決めて競争するモデルを考えます。

投資の特徴は、自分が負担した費用の恩恵を、競合他社も受けることです。例えば、あるホテルが観光地の魅力を発信すれば、それを見た旅行者が別のホテルに泊まるかもしれません。各社は自社の利益を考えて投資額を選ぶため、他社の貢献にただ乗りする誘因もあります。

さらに、事業を始めるための固定費用を考慮し、各社が参入するかどうかを決める状況を分析します。最後に、政府、自治体、業界団体、プラットフォームなどが、初期の参入企業を補助する方法と、共通の需要拡大活動に直接投資する方法を比較します。

何がわかったのか

第一に、競争が激しくなるにもかかわらず、新規参入によって既存企業の一社あたりの利益が増えることがあります

通常、新規参入によって顧客の一部が奪われると、既存企業の利益は減ります。しかし本研究の状況では、新規参入企業も市場を育てる活動に投資します。参入によって業界全体の投資が十分に増え、市場が広がる効果が顧客を奪い合う効果を上回れば、ライバルが増えても既存企業の利潤は増えるのです。

ただし、参入の恩恵はいつまでも続くわけではありません。市場の形成を分析するケースでは、一社あたりの利益は企業数とともにいったん増え、その後は競争の効果が勝って減少します。

第二に、十分な数の企業がそろえば採算がとれ、消費者にも利益があるのに、誰も参入しない状態が続くことがあります

参入を考える企業は、他社の参入判断を所与として、自分が参入した後に固定費用を回収できるかどうかを判断します。一社だけでは採算がとれなければ、参入しません。他の企業も同じように考えれば、市場は生まれません。しかし、すでに十分な企業がいれば、各社による需要拡大への投資が積み重なり、どの企業も採算がとれる市場になりえます。

これが本研究でいう**「過少参入の罠」**です。同じ条件の下で、誰も参入しない状態と、複数の企業が自立して事業を営む状態が、どちらも成立します。下の図は、横軸に企業数を、縦軸に一社あたりの利潤をプロットしています。この例では、一社でも二社でも固定費用を回収できませんが、三社になれば採算がとれ、その後は七社まで参入が続きます。難しいのは、事業を支えられる規模になる前に、最初の企業は参入の意思決定を迫られることです。

企業数と一社あたりの利益。三社から七社までは採算がとれる一方、一社や二社では固定の参入費用を回収できません。

横軸は企業数、縦軸は固定の参入費用を差し引く前の一社あたりの利益です。破線は参入費用の水準を表し、利益がこの水準に届けば採算がとれます。

第三に、初期の参入を一時的に支えるだけで、その後は自立する市場を立ち上げられることがあります

論文では、企業が一社ずつ参入し、自分の参入直後の企業数で採算を判断する過程を考えます。公共部門が最初の参入企業の採算不足を補い、事業が成り立つ最小限の企業数である**「クリティカル・マス」**まで到達させると、その後の企業は補助金なしで参入できます。参入が落ち着いた時点では、すべての企業が採算を確保できます。

上の図では、一時的な支援が必要なのは最初の二社です。斜線部分が、それぞれの参入時に必要な補助額を表しています。三社目からは補助金なしで参入でき、市場は七社まで拡大します。

第四に、企業への補助金に加えて、市場の共通基盤を先に整える方法もあります

例えば、公共部門が顧客を呼び込む共通インフラを(例えば公共事業として)整備すれば、参入の収益性が高まり、採算に必要な企業数を減らせます。十分な投資をすれば、最初の一社から事業が成り立ちます。ここでは、一度整備すると効果が残る共通基盤を想定しています。また、企業数が同じなら、こうした投資は民間企業自身の需要拡大投資も促します。

補助金と共通基盤への投資のどちらが安く済むかは、公共部門がどれだけ効率よくその基盤を整えられるかに依存します。特に、採算がとれないのが最初の一社だけで、その一社もあと少しで採算に届く場合には、小さな投資で参入を引き出しやすくなります。

何の役に立つのか

まず、参入がないことは、採算のとれる市場が存在しないことを必ずしも意味しません。少数の企業だけでは成り立たない事業でも、十分な数の企業がともに需要を育てられれば成立する可能性があります。観光地の開発、商業地区の形成、プラットフォームの立ち上げなどを考える際に、この区別は重要です。

産業への支援を考えるうえでも、初期の支援によって、その後は自立できる企業群を成立させられるかが問われます。本研究は、市場が立ち上がる段階に集中した支援の役割を示しています。どのような不採算産業でも、一時的に支援すれば自立できるというわけではありません。

また、公共部門の予算と、社会全体の利益は分けて評価する必要があります。論文では、財源調達が人々の行動に追加的な歪みを生まないと仮定しています。この下では、補助金は納税者から企業への資金移転ですが、共通基盤の整備は実際に人手や資材を使うため、その費用に見合う便益があるかを確認しなければなりません。一方、基盤整備には需要を広げ、より多くの企業が活動できる市場をつくる効果があります。そのため、補助金より予算がかかっても、消費者を含めた社会全体の利益は大きくなる場合があります。

本研究は理論分析であり、特定の産業でこの仕組みが実際に働いていることを実証したものではありません。社会全体の利益の評価では、共通の投資が消費者にとって実質的な価値を生むと考えています。その下で、企業が競争相手であると同時に市場を育てる担い手でもあることが、市場を成立させる力にも、最初の参入を難しくする理由にもなることを示しています。

本研究は、かんぽ財団の2026年度研究助成、およびJSPS科研費 24K04912 の助成を受けています。