評価制度とチーム内での「教え合い」
拙稿 Hattori, K. (2026) “Performance Attribution, Knowledge Transfer, and Team Formation” の簡単な解説。
研究の背景
企業は、社員同士が教え合うことに多くを期待しています。新人研修、OJT、ペア作業、メンタリングなど、組織のなかの学習の多くは、研修部門ではなく隣に座っている同僚から生まれます。
しかし、こうした学び合いは自動的には起きません。教える側にはコストがあります。教えている間は自分の仕事が止まりますし、それ以上に見落とされがちなのは、教えることが相手と自分との組織におけるポジションの差を縮めるという点です。
評価制度が「誰がどれだけ成果を出したか」を個人に強く帰属させるものであれば、差が縮まること自体が、教える側にとって不利に働きます。
また、組織内での「教え合い」をどうするかという問題は、組織内にてチームを編成する際にも重要な意味を持ちます。例えば、知識やスキルの移転を期待して、高技能者と低技能者をチームにすることよりも、高技能者だけを集めたチームにした方が、教え合いの時間をシナジーが効いた仕事時間に充てることができ、組織にとって望ましいかもしれません。
そこで本研究では、成果を個人に帰属させるかチームに帰属させるかという評価制度の設計が、職場の知識移転にどのような影響を及ぼすのか、そしてそれが最適なチーム編成のあり方をどのように変えるのかを理論的に考えています。
何をやったのか
技能の高いメンバーと低いメンバーからなるチームを考え、高技能者から低技能者へ知識が流れる状況を分析します。この論文が扱うのはコミュニケーションを通じた知識移転であり、そこで本質的になる二つの要素をモデルに組み込んでいます。
一つ目は、知識移転が双方の仕事の時間を奪うことです。教える側も学ぶ側も、それがなければ自分の仕事に使えていたはずの時間を失います。二つ目は、実際に移転される知識の量が、「与えたい水準」と「受け取りたい水準」のうち小さいほうにとどまることです。知識移転は双方の参加を必要とするため、一方だけが望んでも実現しません。さらに、二人の産出は互いに補完的で、片方の成果が高いほどもう片方の貢献の価値も高まるとします。
評価制度は、成果をどこまで個人に帰属させるかという度合いで表します。報酬がチーム全体の成果だけで決まるのか、それとも各自が生み出した産出の大きさが反映されるのか、ということです。個人への帰属が強いほど、産出で優る高技能者は「帰属プレミアム」とでも呼ぶべき上乗せを受け取り、低技能者はそのぶん差し引かれます。そして知識移転とは、まさにこの産出の差を縮める活動です。
さらに、この二人チームを、高技能者二人・低技能者二人からなる組織のなかに埋め込み、組織が混合チームと同質チームのどちらを選ぶかを分析します。最後に、高技能者に外部からの引き抜きの機会があるとき、組織が評価制度そのものをどう選ぶかを考えます。
何がわかったのか
第一に、完全なチーム評価の下では効率的な知識移転がなされるが、個人評価が入ると教える側がボトルネックになり、望ましい水準よりも過少な知識移転しかなされません。個人評価の下では、追加的に教えることは自分の帰属プレミアムを削ることを意味するため、高技能者はチームにとって効率的な水準の手前で教えるのをやめます。学ぶ側はもっと教えてほしいのですが、移転には双方の参加が必要なので、実現するのは低いほうの水準です。個人評価の比重が大きくなるほど知識移転は減り、個人評価傾向がある水準を超えると完全に止まります。他方で、効率的な水準そのものは評価制度に左右されません。評価制度は成果のチーム内での分け方を変えるだけだからです。
第二に、知識移転がまだ十分に成立しうる評価制度の下でも、組織は技能の混ざったチームを選ばなくなります。混合チームの利点は技能の異なる者を組ませることによる知識移転の利得、同質チームの利点は似た技能の者を組ませる補完性のプレミアムであり、個人評価は前者だけを侵食します。ここで、両者が釣り合う個人評価の水準は、知識移転がちょうどゼロになる水準よりも低いところにあります。移転がゼロになる評価制度の下では混合チームの利点も消えていますが、同質チームの利点は残っているからです。したがって、知識移転がまだ正の値をとる評価制度であっても、組織にとっては同質チームのほうが望ましい、という領域が存在します。また、高技能者は常に同質チームを、低技能者は常に混合チームを好むため、成果を最大化する混合チームは組織の配置権限を必要とします。
第三に、評価制度そのものを組織が選ぶとしたとき、「引き留め」が個人評価を呼び込みます。引き留めを心配しなくてよいなら、組織は完全なチーム評価制度を選び、効率的な知識移転を実現します。しかし高技能者に魅力的な外部機会がある場合、高技能者を引き留めるために個人評価のウェイトを大きくせざるを得ません。チーム評価の下では、せっかくの自分の高技能が、報酬に反映されないからです。高技能者の外部機会が良くなるほど(つまり「辞めやすい」ほど)、組織は個人評価の比重は高くせざるを得なくなり、それが組織内の知識移転を少なくしていまいます。外部機会が十分に良ければ、組織は、チーム内での知識移転を諦め、同質チーム構成を選びます。
皮肉なのは、個人評価が引き留めに効く理由と、知識移転を壊す理由が同じものだという点です。個人評価は産出の差に重みを置くことで高技能者を引き留めます。そして知識移転は、まさにその差を削る活動なのです。
何の役に立つのか
まず、知識が共有されないことを、個人の意地悪さや組織文化の問題としてだけ捉えるのは不十分です。本研究のモデルには椅子取りゲームも取って代わられる恐怖もありません。それでも評価の帰属ルールだけで移転は過少になります。
次に、メンタリング時間の義務化では解決しません。本研究が扱うのは接触時間ではなく実効的な知識移転です。会議を設定し席を隣にすることはできても、教える中身までは強制できません。評価が変わらなければ、義務化は形式的な接触を生むだけで、生産時間を奪うぶん成果はかえって下がりかねません。必要なのは、教えたことが報われる仕組み、例えばメンタリングの評価上の加点、生産目標の引き下げ、研修予算といった手当てです。本研究では、必要な対価が、高技能者が放棄する帰属プレミアムにちょうど等しくなることも示しています。
最後に、報酬の柔軟性と、教えやすさへの投資は、いずれも知識移転を守る資源です。個別の引き留め報酬が使えるなら、評価制度を歪めずに外部機会に対応できます。また、文書化、標準化されたオンボーディング、ペア作業、ナレッジマネジメント・システムなど、教えることが生産を妨げる度合いを下げる施策は、知識移転を増やすだけでなく、混合チームが機能しうる評価制度の幅を広げます。
本研究はJSPS科研費 24K04912 の助成を受けています。