「なくてはならない存在」への欲求が、組織を脆くする?
拙稿 Hattori, K. (2026) “The Desire to Be Missed: Irreplaceability and Leadership in Teams” の簡単な解説。
研究の背景
人はしばしば、組織の中で『「あなたがいないと困る」と思われたい』と願います。上司や指導者も、「君はチームに不可欠だ」という言葉でメンバーを励まします。たしかに、自分の仕事が重要だと感じることは、努力を引き出します。しかし本研究が示すのは、その気持ちが同時に、組織を脆くするかもしれないということです。
組織はふつう、特定の個人に頼りきる状態、つまりキーパーソン・リスクを減らそうとします。仕事を文書化し、情報を共有し、後継者を育て、誰かが休んでも仕事が止まらないようにする。ところが、人は必ずしも自分を「置き換え可能」にしたがりません。なぜなら、「惜しまれたい」という願いは、自分が抜けたときに大きな空白を残したいという願いでもあるからです。文書化や引き継ぎは、その空白をあらかじめ埋めてしまいます。
何をやったのか
この研究では、一つの成果を共同で生み出すチームを考えます。各メンバーは、チームの成果に貢献する努力と、自分が不在でも仕事が回るようにする代替可能性への投資を選びます。後者には、文書化、情報共有、多能工化、後継者育成などが含まれます。
誰かが不在になると、チームはその人自身の貢献だけでなく、その人を通っていた連携や調整も失います。ただし、事前に備えていれば、その損失の一部は回復できます。回復されずに残る損失が、その人の「惜しまれ度」、つまり抜けたときに生じる空白です。
ここにトレードオフがあります。備えは、自分が休んだときにチームの成果を守ります。しかし同時に、自分が抜けたときの空白を小さくし、「惜しまれ度」を下げます。したがって人は、自分が不在になる確率が、惜しまれたい気持ちを上回っているあいだだけ、十分に備えるのです。
何がわかったのか
第一に、「惜しまれたい」という気持ちには二つの顔があります。努力の面では、それはおおむね生産的です。大きく貢献できる人材であるほど、自分が抜けたときの空白は大きくなるため、人はよりよく働きます。ところが備えの面では逆です。備えるほどチームは自分に頼らなくてすむようになり、惜しまれ度は下がる。つまり、やる気は上がるが、不在を吸収する力は下がるのです。
この気持ちがチームにとって得か損かは、仕事がどれだけ密に絡み合っているかで決まります。一人が抜けてもその人の分の穴しか空かない仕事なら、努力の増加が備えの減少を上回ります。しかし、一人の不在が周囲の仕事まで止めるようなチームでは、失われる備えこそ最も必要なものです。チームが大きくなり、依存関係が広がるほど、かつて有効だった「欠かせない存在であれ」という文化が、組織を危険に晒すことがあります。
この仕組みはリーダーで特に鋭く現れます。リーダーは多くの人とつながるハブなので、不在時の空白が最も大きい。惜しまれたい気持ちが弱い間は、リーダーはその大きな空白を埋めるために最も手厚く備え、チームにとって有益です。しかし気持ちが強すぎると、備えは崩れます。そのとき、最大の空白を残すリーダーが、備えのないまま中心に残る。リーダーはチームの強みであると同時に、最大の単一障害点にもなり得ます。
さらに、能力の高い人ほど大きな空白を残すため、努力も備えも多く担います。その結果、能力の高い人が二重に負担を負い、能力の低い人の方が得をすることがあります。また、辞める直前は特に危険です。休暇なら戻った後に成果を享受できますが、退職時にはその利害が薄れる一方で、惜しまれたい気持ちは残るからです。滅多に休まない人ほど、自分の備えから得る物質的利益が小さいため、備えを手放しやすいという帰結も得られます。
何の役に立つのか
組織は、人に「あなたの仕事には意味がある」「あなたは欠かせない」と感じてもらおうとします。それは努力を引き出す有効な方法です。しかし、惜しまれ度で人を評価しすぎると、代わりのきく自分になる意欲を削ってしまいます。成果やエンゲージメントは高く見えても、チームのしなやかさだけが静かに失われ、問題は誰かがいなくなって初めて表面化します。しかもこれは単なる「ただ乗り」ではありません。物質的な利己心だけなら備えは薄く残りますが、惜しまれたい気持ちは備えをゼロまで押し下げ得る。だから、監視や成果連動報酬だけでは届きにくい問題です。
したがって、順序が重要です。まず役割を標準化し、引き継ぎを手続き化し、依存が特定の人ではなく仕組みを通るようにする。そのうえで、「あなたの仕事には意味がある」と伝える。土台が先、文化は後です。
また、努力だけでなく、文書化、多能工化、名前のついたバックアップ、引き継ぎの質に報いる必要があります。特に、最も中心的で、最も不在時の損失が大きい役割にこそ、重点的に備えを置くべきです。全員に同じように「文書化せよ」と言うだけでは、最も脆い場所が薄いまま残るかもしれません。退職者には、有給の移行期間や引き継ぎ完了に紐づく仕組みを用意することも重要です。
おわりに
この物語では、誰かが悪く振る舞う必要はありません。人がただ「惜しまれたい」と願うだけで、チームは脆くなり得ます。「あの人がいないと本当に困る」は、その人の重要さの証であると同時に、チーム設計の欠陥でもある。惜しまれたいという願いは、咎めるべきものではありません。しかし、それがあるからこそ、組織はあらかじめ備えなければならないのです。
本研究はJSPS科研費 24K04912 の助成を受けています。