チームは「先延ばし」を防ぐのか、それとも招くのか
拙稿 Hattori, K. (2026) “Self-Starters Are Leaders: Present-Bias Asymmetry and Collective Procrastination” ZBW - Leibniz Information Centre for Economics, Kiel, Hamburg の簡単な解説。
本論文の一部の結果は、"Procrastination Traps and Endogenous Leadership in Teams" として、Economics Letters にて公開予定です。
研究の背景
先延ばしは、ふつう個人の問題として考えられます。やるべきだとわかっている。締切もある。将来の自分にとっては明らかにやった方がよい。それでも、いざ作業を始める時点になると、目の前の面倒さが大きく見えて、つい後回しにしてしまう。
経済学では、このような行動はしばしば「現在バイアス」として説明されます。将来の利益は理解しているけれど、目の前のコストを過大に感じる。そのため、昨日の自分は「明日やろう」と思っていたのに、今日の自分は「やはり明日にしよう」と考えてしまう。
では、チームで作業するとどうなるでしょうか。
直観的には、チームは先延ばしを防いでくれそうです。誰かと一緒に「やろう」と計画すれば、自分だけサボるわけにはいかない。相手が作業を始めていれば、自分も始めなければならない気がする。実際、チームに入ることで、一人ではなかなか動けなかった人が動き出すことがあります。
しかし、逆もあります。一人なら先延ばしせずに取り組める人たちが、チームになった途端に進まなくなる。他のメンバーも先延ばしするのなら、自分が先延ばししたって大したことじゃない、そうして全員がやるべきことを先延ばししてしまう。誰も強く悪いわけではないのに、気づけば何も始まっていない。
どうやら「チーム」という機構は、先延ばしを治すこともあれば、先延ばしを生むこともありそうです。この研究では、その両方を一つの要素のみから統一的に説明します。鍵になるのは、作業することの価値ではありません。作業しなかったときに、誰がどれほど悪いと感じるのかです。
何をやったのか
二人のメンバーからなるチームを考えます。二人は、将来に向けて「一緒にこの作業をしよう」と計画します。しかし、実際に作業する時点になると、それぞれが「今やるか」「先延ばしするか」を選びます。
各メンバーは現在バイアスを持っています。計画を立てる時点では、将来の利益とコストを落ち着いて比較できるので、「やった方がよい」と考えます。しかし作業当日になると、コストが目の前に現れます。そのため、一人であれば「やるべきだとわかっていたのに、結局やらない」という先延ばしが起こりえます。
この研究で重要なのは、チーム作業においても、相手の努力にただ乗りできるとは仮定していないことです。各メンバーには自分でやるべき作業があり、相手がそれを代わりにやってくれるわけではありません。したがって、ここで扱う先延ばしは、「相手がやってくれるから自分はやらない」という単純なただ乗りではありません。
代わりに、この研究が注目するのは罪悪感です。二人で計画した以上、その計画を破れば、自分自身に対しても、相手に対しても、多少の罪悪感が生まれます。ただし、その罪悪感の大きさは、相手が何をしたかによって変わります。
相手がちゃんと作業したのに、自分だけが先延ばしした場合、自分は相手を裏切ったことになります。相手は自分も動くと期待していたはずで、その期待を壊してしまう。このとき、先延ばしの罪悪感は大きくなります。
一方で、相手も先延ばしした場合はどうでしょうか。この場合、もちろん計画は破られています。しかし失敗は「自分だけの失敗」ではなく、「二人とも始めなかった」という共同の失敗になります。すると責任は分散されます。「私が悪い」というより、「私たちができなかった」という感覚になり、罪悪感は小さくなります。
この研究では、罪悪感の強さが次の順番になることを、罪悪感回避(guilt aversion)の枠組み(Battigalli and Dufwenberg, 2007)に基づいて示します。
一番小さいのは、チームでいる状況で、二人とも先延ばししたときの罪悪感。 次に、一人きりでいる状況で、先延ばししたときの自己非難。 一番大きいのは、チームでいる状況で、相手が作業したのに自分だけ先延ばししたときの罪悪感。
この順番が、チームにおける先延ばしの両面性を生み出します。
何がわかったのか
チームは先延ばしを悪化させることがある
第一の結果は、チームが先延ばしを悪化させる場合です。
一人であれば、作業をしなかったときには自分自身に対する罪悪感が残ります。自分で計画したのに、自分で破った。その自己非難が十分に強ければ、現在バイアスがあっても作業を始めることができます。
ところがチームでは、二人とも先延ばしするという均衡が起こりえます。相手も始めていないなら、自分だけが相手を裏切ったわけではありません。失敗は共有され、責任も分散されます。そのため、一人なら罪悪感によって動けた人でも、チームでは「二人ともやっていない」という状態に落ち込み、結局何も始めないことがあります。
ここで起きているのは、単に作業の価値が低いからではありません。作業は価値がある。計画時点では、二人ともやるつもりだった。それでも、相手も動かないと予想すると、自分が動かないことの心理的コストが下がってしまう。これが、集団的先延ばしの仕組みです。
チームは先延ばしを治すこともある
第二の結果は、その逆です。チームは、一人では先延ばししてしまう人を動かすこともあります。
相手が作業するとわかっている場合、自分だけが先延ばしすることは強い罪悪感を生みます。相手は自分も作業すると期待している。相手はすでに動いている。その状況で自分だけが動かないと、「自分が相手を裏切った」という感覚が強くなります。
このため、一人であれば現在バイアスに負けて先延ばししてしまう人でも、相手が作業しているチームでは作業することがあります。チームは、責任を分散することもあれば、逆に責任を際立たせることもあるのです。
つまり、チームの効果は一方向ではありません。チームだから怠ける、という単純な話でもなければ、チームだから頑張れる、という単純な話でもありません。チームは、作業しなかったときの責任の帰属を変えます。その帰属の変化が、先延ばしを悪化させることも、改善することもあります。
問題は「対称性」にある
この研究で特に重要なのは、集団的先延ばしが対称性の問題として現れることです。
二人がどちらも、「相手がやるなら自分もやるが、相手がやらないなら自分もやらない」というタイプだとします。このとき、二人とも作業する状態もありえますが、二人とも先延ばしする状態もありえます。問題は、どちらの状態が実現するかです。
相手が動くと信じれば、自分も動く。 相手が動かないと信じれば、自分も動かない。
このような相互依存があるため、チームは良い均衡にも悪い均衡にも落ちます。悪い均衡では、各メンバーが「相手もあまり期待していないだろう」と考え、先延ばししても強い罪悪感を感じない。その結果、二人とも始めない状態が自己実現してしまいます。
一人の「始める人」がチームを変える
では、この罠をどうすれば解けるのでしょうか。
本研究の第二の主結果は、チームの中に一人でも self-starter (自分から始める人) がいれば、集団的先延ばしの罠が消えるというものです。
ここでいう self-starter とは、相手が作業するかどうかにかかわらず、自分の作業を始める人です。この人がいると、相手は「相手が動くなら自分も動く」という条件付きのメンバーであっても、作業を始めます。なぜなら、self-starter は実際に動くので、相手にとっては「作業している相手を裏切るかどうか」という状況になるからです。
その結果、一人の self-starter がチーム全体を動かします。二人とも互いの様子を見ている状態では、何も始まらないかもしれません。しかし、一人が確実に始めると、もう一人もそれに続く。先延ばしの罠は、対称性が破れることで消えます。
Self-starter はリーダーである
ここから、本研究のタイトルである “Self-Starters Are Leaders” につながります。
リーダーとは、必ずしも肩書きを持つ人のことではありません。このモデルで重要なのは、「誰かが先に、確実に動く」ということです。もしリーダーが、先に動くことを約束し、その行動が他のメンバーから見えるなら、相手はそのリーダーの行動を前提に自分の行動を決めます。
これは、self-starter が自然に果たしている役割と同じです。self-starter は、肩書きがなくても、自分から始めます。その行動が他のメンバーにとって確実なものになれば、リーダーが先に動く場合と同じ結果を生みます。
したがって、本研究では、self-starter を内生的なリーダーとして捉えます。リーダーシップは、必ずしも組織が肩書きとして与えるものではありません。チームの中に、自分から始める人がいるなら、その人は実質的にリーダーの役割を果たしています。
逆に言えば、組織がリーダーを置く必要があるのは、チームの中に self-starter がいないときです。誰も最初に動かない。全員が相手の出方を待っている。そのようなとき、組織はリーダーという制度を使って、人工的に「最初に動く人」を作り出す必要があります。
Self-starter がいないチームはどうなるのか
ここまでの話には、まだ続きがあります。
一人でも self-starter がいれば、チームは罠から抜け出せる。これは心強い結果です。しかし、逆に言えば、self-starter が一人もいないチームはどうなるのでしょうか。全員が「相手が動くなら自分も動く」という条件付きのタイプで、誰も最初に動かない。そんな、お互いの様子をうかがうばかりのチームに、出口はないのでしょうか。
実は、生まれつきの self-starter がいなくても、チームが自力で「最初に動く人」を生み出せる場合があります。鍵になるのは、自分自身の弱さを見抜いている人の存在です。
自分が先延ばしすると、見抜いている人
現在バイアスを持つ人には、二種類います。
一方は、自分の現在バイアスに気づいていない人(naïves)です。計画を立てる時点では「明日の自分はちゃんとやるはずだ」と素朴に信じています。そして当日になって、また先延ばししてしまう。自分が先延ばしすることを、前もっては予想していません。
もう一方は、自分の弱さを見抜いている人(sophisticates)です。「どうせ当日になれば、自分はまたサボるだろう」と、計画の時点で予見しています。
この、自分の弱さを見抜いている人は、前もって手を打つことができます。当日の自分が先延ばしするとわかっているなら、その自分を縛ってしまえばいい。たとえば、「自分は必ずやる」と周囲に見える形で約束し、後から引き返せないようにする。そうやって、当日の自分から逃げ道を奪うのです。
ただし、これにはコストがかかります。自分を縛るというのは、楽なことではありません。それでも、自分が先延ばしすると見抜いている人は、そのコストを払ってでも、自分を縛る価値があると判断することがあります。
コストを払って、自分から始める人になる
自分を縛った人は、当日になっても先延ばしできません。約束してしまった以上、相手が何をしようと、自分は作業します。
これは、まさに self-starter と同じ振る舞いです。生まれつき「自分から始める人」だったわけではない。けれど、自分の弱さを見抜き、コストを払って自分を縛ることで、結果として「自分から始める人」になったのです。
そして、その約束が相手から見えるなら、相手もそれに続きます。相手は条件付きのタイプなので、「動く相手」を前提に、自分も動く。こうして、自分を縛った一人が、チーム全体を罠から引き出します。
ここで起きていることは、これまでの話と地続きです。self-starter はリーダーでした。そして、自分の弱さを見抜く人は、コストを払って自分を self-starter にすることで、リーダーになります。リーダーになる道は、生まれ持った性質だけではありません。自己認識もまた、リーダーを生み出すのです。
興味深いのは、この人が、相手とまったく同じだということです。同じ現在バイアスを持ち、同じように先延ばししたくなる。当日の弱さに違いはありません。違うのは、ただ一点。自分がその弱さを持っていると、前もって見抜いているかどうかです。
つまり、このチームの対称性を破るのは、強い意志でも、優れた能力でもありません。自分の弱さに対する自覚です。「自分はきっとサボる。だから、いま自分を縛っておこう」。そう考える一人がいるだけで、チーム全体が動き出します。
そして、この仕組みが働くのは、現在バイアスがあるからこそです。計画する自分と、当日の自分が食い違う。その食い違いがあるからこそ、計画する自分は、当日の自分を縛ろうとします。もし両者が食い違わなければ、自分を縛る必要などありません。先延ばしという現象そのものが、リーダーシップを生み出している、と言ってもよいかもしれません。
何の役に立つのか
チームの先延ばしを、単なる怠慢として見ない
この研究の第一の示唆は、チームの先延ばしを単なる怠慢や能力不足として見ないことです。
一人ひとりは、作業の価値を理解しているかもしれません。一人であれば、ちゃんと始められたかもしれません。それでもチームになると、責任が分散し、誰も強く悪いと感じないまま、作業が止まることがあります。
この場合、必要なのは「もっと頑張れ」と叱ることだけではありません。重要なのは、誰が何をするのか、誰が誰に対して期待しているのか、誰が始めたのかを見えるようにすることです。先延ばしの問題は、時間管理の問題であると同時に、責任の帰属の問題でもあります。
最初に動く人の価値
第二の示唆は、チームには「最初に動く人」が重要だということです。
大きなプロジェクトでは、全員が準備できるまで待ってしまうことがあります。誰かが始めれば動くのに、誰も最初に動かない。その結果、プロジェクト全体が止まってしまう。
この研究は、そのような状況で self-starter が持つ価値を説明します。self-starter は、単に勤勉な人ではありません。その人が始めることで、他のメンバーにとっての状況が変わります。相手がすでに動いているなら、自分だけが動かないことの罪悪感が高まる。だから、他のメンバーも動き出す。
つまり self-starter は、チームの心理的な均衡を変える人です。
リーダーシップのもう一つの役割
第三の示唆は、リーダーシップを「指示する能力」だけで考えないことです。
もちろん、リーダーには方向性を示し、メンバーをまとめる役割があります。しかしこの研究が強調するのは、もっと単純な機能です。リーダーは、最初に動く人を作る制度です。
誰も動かないチームでは、リーダーが先に動くことで、他のメンバーの行動条件が変わります。リーダーが始めれば、他のメンバーは「相手が動くなら自分も動く」という条件を満たします。この意味で、リーダーシップは、チームの中に self-starter を人工的に作る仕組みだと考えることができます。
自分の弱さを知ることの価値
そして、もう一つ。リーダーは、外から任命されるとは限りません。
自分が先延ばししがちだと知っている人は、前もって自分を縛ることができます。締切を公言する、人に進捗を約束する、引き返せない仕組みを作る。こうした「自分を縛る工夫」は、一見すると個人的な自己管理の話に見えます。けれど、その人が見える形で自分を縛れば、それはチーム全体への合図になります。「この人は必ずやる」とわかれば、他のメンバーも動き出す。
自分の弱さを認めて、前もって手を打つこと。それ自体が、チームにとってのリーダーシップになりうるのです。完璧な人がリーダーになるのではありません。自分が完璧でないと知っている人が、その自覚ゆえにリーダーになることもあります。
おわりに
チームは、先延ばしを治すこともあれば、悪化させることもあります。その違いは、作業の価値そのものではなく、作業しなかったときの責任がどこに向かうかによって生まれます。
二人とも動かなければ、失敗は共有され、罪悪感は薄まる。 一人が動けば、もう一人の不作為は目立ち、罪悪感は強くなる。
この単純な違いが、チームを止めることも、動かすこともあります。そして、誰か一人が自分から始めるだけで、チーム全体の行動が変わることがあります。
その「始める人」は、二通りの現れ方をします。一つは、生まれつき自分から動く人。もう一つは、自分の弱さを見抜き、コストを払って自分を縛り、自分から動く人になった人です。前者は、チームの中に性質の違いがあるときに現れます。後者は、全員が同じであっても、自己認識さえあれば現れます。
Self-starter とは、単に仕事が早い人ではありません。チームにおいては、その人がいることで、他のメンバーも動き出す。そして、たとえ生まれつきの self-starter がいなくても、自分の弱さを知る人が、自らをそういう人に仕立てることができる。だから self-starter は、肩書きがなくてもリーダーなのです。
本研究はJSPS科研費 24K04912 の助成を受けています。