企業の参入が既存企業の利潤を増やす?

2026/2/6 1分で読める

拙稿 Hattori, K. (2026) Profit-Increasing Entry with Endogenous Banking (February 06, 2026). Available at SSRN: http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.6157146 の解説

研究の背景

市場に新しい企業が参入すると、競争が激しくなり、既存企業の利潤は下がる。ミクロ経済学の教科書的な結論です。標準的なクールノー寡占モデルでも、企業数の増加は各企業の生産量とマージンを減少させ、利潤の低下はほぼ自明的に導かれます。

しかし、この結論は常に成り立つとは限りません。

いくつかの先行研究では、上流の投入財供給者が固定費用のもとで自由参入する場合に、下流企業の参入が産業全体の利潤を引き上げうることが知られています(例えば Matsushima, 2006)。ただし、それはあくまで産業全体の話であり、個別企業の利潤が上がるかどうかは別の問題です。

本研究では、企業が銀行から運転資金を借りて生産する状況を考え、個別企業の利潤までもが参入によって上昇しうるという、より強い結果を示しました。この結果は、先行研究にあるような製品差別化やリーダーシップ型の優位性に依存せず、同質財のクールノー競争という最も基本的な設定で成立します。

何をやったのか

モデルの構造は、上流に銀行セクター、下流に製品市場を持つ垂直市場です。

下流企業はクールノー競争を行い、生産に必要な運転資金を銀行から借り入れます。上流の銀行セクターはコンテスタブル(参入自由・長期利潤ゼロ)であり、プラットフォーム投資や規制遵守にかかる固定費用を、貸出量全体で按分する形で回収します。つまり、貸出金利は平均費用価格付けに従います。

このモデルの鍵は、金融面の摩擦を2種類に分けている点です。

  • 銀行側の摩擦(パラメータ $\rho$):預金供給の弾力性が限られていることを反映し、貸出総量が増えると預金金利(ひいては貸出金利)が上昇する効果を表現しています。
  • 企業側の摩擦(パラメータ $\kappa$):担保管理やモニタリングなど、借入に伴う企業内部のコストを反映します。借入規模が大きいほどこのコストは増大します。

この設定で、下流企業の数 $N$ が増加したときに、均衡における個別企業利潤と産業利潤がどう変化するかを分析しました。

何がわかったのか

参入が個別企業利潤を増やすメカニズム

参入により下流企業が増えると、総産出量の増加から、銀行からの借入総量が拡大します。銀行の固定費用はより多くの貸出で分担されるため、1単位あたりの固定費用負担が軽くなり、貸出金利を低下させる効果があります。これが「固定費用の希釈効果」です。ただし銀行も、預金からの調達のための追加的な負担があるため、貸出金利への効果はそのネットで決まります。

一方で、参入は競争を激化させ、各企業の生産量とマージンを圧縮する「競争激化効果」ももたらします。

本論文の主要結果(命題 1)は、均衡生産量がある中間的な範囲にあるとき、すなわち、固定費用の希釈効果が競争激化効果を上回るとき、に限り、参入が個別企業の利潤を増加させることを示しています。

重要な洞察は、銀行部門の平均費用価格設定が、参入を「既存企業にもたらすビジネス・スティーリング(需要奪取)効果」から、「費用分担のメカニズム」に転換することです。下流企業は金融インフラの「利用者」として銀行部門の固定費用を共同負担しており、その企業数が増えるにつれて、利用者一人当たりの負担が軽減されるという「クラブ財」的効果が、参入のビジネススティーリングの負の効果を上回る場合には、参入が全企業の利潤を増加させるというパラドックス的な結果を生みます。

2種類の摩擦は逆方向に働く

銀行側と企業側の金融摩擦は、パラドックスの成立に対して正反対の役割を果たします。

企業側の摩擦 $\kappa$ が大きいほど、企業規模が縮小したときの限界費用の低下幅が大きくなり、参入による利潤増加が起こりやすくなります。逆に、銀行側の摩擦 $\rho$ が大きいほど、貸出総量の増加に伴う金利上昇が強まり、固定費用希釈の恩恵が打ち消されます。

個別利潤 vs. 産業利潤

企業参入により産業全体の利潤が増加する条件(命題 2)は、個別企業利潤が増加する条件(命題 1)よりも厳密に弱い条件です。つまり、産業利潤が増加するパラメータ領域は、個別企業利潤が増加する領域を厳密に包含します。

何の役に立つのか

理論的な貢献

本研究の最も重要な貢献は、「参入による競争激化が企業利潤を改善する可能性」を指摘したいくつかの理論研究に対して、製品差別化・企業の性質・行動における非対称性というような仮定を置くことなしに、銀行部門からの資金調達という要素を組み込むことだけで、参入によって個別企業利潤の増加が起こりうることを示した点です。言い換えれば、競争政策が、金融制約を緩めることを通じて、全企業の利潤改善に寄与しうる潜在的なチャンネルを明らかにしたということです。

政策的な示唆

銀行セクターの固定費用が大きく、預金供給が弾力的で、企業側の借入摩擦が強い環境では、市場への参入促進が既存企業にとっても有益となりうるという意味で、競争政策の効果を予測・検証する上で重要な役割を果たし得ます。

なお、銀行セクターが寡占的な場合を含み、金融政策や金融規制との関連について分析したものについては、先行する拙稿で分析しています。こちらの解説記事も併せてご覧いただくと、本研究の理解が深まると思います。

参考文献
  • Matsushima, N., 2006. Industry profits and free entry in input markets. Economics Letters 93(3), 329–336.