協調的競争と競争優位の逆転:強い企業が弱い企業に負けるメカニズム
拙稿 Hattori, K., Yoshikawa, T. (2025) “The Burden of Excellence: Endogenous Efficiency Paradoxes under Coopetition”, RIETI Discussion Paper Series 25-E-126, December 2025.の簡単な解説
研究の背景
現代の多くの産業では、企業が競争しながら同時に業界全体の需要拡大に向けた共同投資を行う「コーペティション(協調的競争)」が観察されます。カリフォルニアの酪農業界による「Got Milk?」キャンペーン、シャンパーニュ地方の生産者による品質管理への共同投資、Bluetooth規格の策定に向けた技術企業の協力、日本の農協による消費拡大キャンペーン、温泉地の景観整備、産地ブランド構築などがその典型例です。
これらの投資には共通の特徴があります。
投資能力の高い事業者が業界需要拡大を主導し、その便益が競合を含む全参加者に及ぶという点です。言い換えれば、誰かが投資すればその恩恵は業界全体に広がりますが、コストは投資した企業だけが負担します。このような環境において、企業間の効率性格差は競争優位や利潤分配にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
何をやったのか
本研究では、企業が第1段階で業界需要を拡大する投資(公共財投資)を行い、第2段階で拡大した市場において数量競争するという2段階の理論モデルを構築しました。企業は生産効率性(製品をいかに安く作れるか)と投資効率性(需要拡大投資をいかに安く行えるか)の両面で異なる能力を持つと想定し、それぞれの企業が自らの利益を最大化するように投資と生産の意思決定を行う状況を分析しました。

さらに、この結果が特定のモデル設定に依存しないことを確認するため、製品差別化、投資と生産の同時決定、企業間の投資協力、異なる投資集計技術(ベストショット型・最弱リンク型)など、複数の拡張分析を行いました。加えて、補助金政策の効果や、企業の参入・退出を考慮した市場構造への影響、そして社会厚生への影響についても分析しました。
何がわかったのか
分析から、従来の競争理論の予測を覆す逆説的な結果が得られました。
効率性パラドックスの発見
生産効率性が同じ場合、投資効率性で劣る企業の方が高い利潤を獲得します(単一次元効率性パラドックス)。さらに驚くべきことに、生産効率性と投資効率性の両方で劣る企業が、両方で優れた企業よりも高い利潤を獲得することさえあり得ます(二重次元効率性パラドックス)。
メカニズム
市場拡大投資の便益は全企業に波及する一方で、投資コストは効率的な企業により重くのしかかります。投資効率性の高い企業は、同じ効果を得るためのコストが低いため、均衡においてより多く投資することが最適になります。その結果、効率的企業が投資負担の大部分を担い、非効率企業がその恩恵にただ乗りする構造が生まれます。この現象は、Olson(1965)が『集合行為論』で指摘した「大きな者が小さな者に搾取される」という集団行動の逆説と同じ構造を持っています。
発生条件
効率性パラドックスは、需要の価格弾力性が高い市場、投資効率性の格差が大きい場合、生産効率性の格差が小さい場合に発生しやすいことがわかりました。
頑健性
製品が差別化されている場合でも効率性パラドックスは発生しますが、差別化が進むほど発生しにくくなります。投資と生産を同時に決定する場合や、企業が投資水準を共同で決定する場合でも、効率性パラドックスは消えません。ただし、最も能力の低い企業の投資に制約される「最弱リンク」型の技術では効率性パラドックスは完全に消失します。
補助金政策の逆説
一律の生産補助金や投資補助金は、効率性パラドックスを悪化させる可能性があります。補助金は市場全体の投資水準を引き上げますが、その負担増は効率的企業により重くのしかかるためです。
市場構造への影響
効率性パラドックスが存在する市場では、効率的企業が参入を見送り非効率企業のみが参入する、あるいは市場に負のショックが発生した場合に効率的企業が先に退出するという事態が起こり得ます。これらはショッピングモールにおけるアンカーテナントの早期退出や、地理的表示(GI)制度における小規模生産者の相対的な生存優位といった現実の現象と整合的です。
短期と長期の緊張関係
効率性格差は短期的には社会厚生を高めます。生産効率性の格差は効率的企業への生産シフトを通じて、投資効率性の格差は市場需要の拡大を通じて厚生を高め、両者は補完的に作用します。しかし長期的には、同じ効率性格差が市場の選別機能を歪め、技術進歩を阻害する恐れがあります。
何の役に立つのか
政策立案への示唆
補助政策の効果は市場の状態によって異なります。利潤の逆転現象が発生していない市場では、補助政策は企業間格差の是正に寄与する可能性があります。しかし、既に逆転が生じている市場では、補助政策は市場の選別機能をさらに歪め、長期的な技術進歩を阻害する可能性があります。政策立案においては、対象市場における需要拡大投資の構造を理解し、短期的な厚生改善と長期的な市場効率性の間のトレードオフを認識することが重要です。
経営への示唆
効率的企業にとっては、効率性が戦略的負債になり得る状況を認識することが重要です。場合によっては、競合企業への技術移転が、自社の投資負担を軽減しつつ市場拡大の便益を維持する手段となり得ます。非効率企業にとっては、業界全体の需要拡大イニシアティブへの参加が、費用を比例的に負担しなくても競争上の地位を改善できる機会を提供します。
適用可能な産業
本研究の発見は、農産物の一般広告、観光地マーケティング、技術標準の策定、業界団体による販促キャンペーンなど、企業が業界需要拡大への投資を行いながら市場シェアを巡って競争する様々な産業に適用可能です。
今後の研究課題
効率的企業が実際に不釣り合いな投資負担を負っているかどうかの実証的検証、費用分担ルールの内生的決定メカニズムの解明、そして効率性逆転を緩和しつつ厚生利益を維持できる非一様な政策介入の設計などが挙げられます。