リーダーの報酬配分から見る「寛容さ」と「責任感」

2025/2/28 1分で読める
拙稿 Hattori, K., Higashida, K., Morita, K. (2025) "Leading with Generosity and Responsibility through Reward Allocation Decisions in Teams" (February 20, 2025). Available at SSRN: https://papers.ssrn.com/abstract=5146087の簡単な解説

研究の背景

組織におけるリーダーシップの研究は、長年にわたって行われてきましたが、その多くは指示や意思決定のスタイルに焦点を当ててきました。しかし、リーダーの重要な役割の一つに、「チームメンバーへの報酬配分」があります。

近年、いくつかの印象的な事例が、報酬配分を通じたリーダーシップの重要性を示しています:

  • Gravity Payments社のDan Price CEOは、2015年に全従業員の最低給与を年間7万ドルに引き上げるため、自身の給与を100万ドル削減した。
  • AppleのSteve JobsGoogleのEric Schmidtなどの多くのCEOやリーダーは、「年間1ドル給与」(One-dollar Salary)を選択し、組織へのコミットメントを示している。
  • BP社のTony Hayward CEOは、2010年のメキシコ湾原油流出事故後、自身の年間ボーナスを辞退することで責任を示した。

これらの事例は、リーダーが、報酬配分ルールの決定を通じて、2つの重要なリーダーシップ特性を示す手段となることを示唆しています:

  1. 寛容さ(Generosity): プロジェクト開始前に自分の取り分を抑えることで、チームメンバーの動機付けを高める
  2. 責任感(Responsibility): プロジェクト失敗時に自分の報酬を減らすことで、結果に対する責任を示す

しかし、どのようなリーダーが、どのように、またどの程度、報酬配分の決定を通じて「寛容さ」や「責任感」を示すのか、また、そのリーダーシップスタイルにどのような個人特性が影響するのかについては、これまであまり研究されてきませんでした。

何をやったのか

研究デザイン:2つの主要な比較

この研究では、リーダーの「寛容さ」と「責任感」を、ゲーム理論を援用した理論モデルと、520名の日本人有業者を対象としたサーベイ実験にて、リーダーの報酬配分決定において、「寛容さ」や「責任感」がどのように発揮されるのかについて検証しました。「寛容さ」「責任感」とは以下のように定義されます。

  1. 寛容さの測定

    • チームプロジェクト開始前の報酬配分決定(preProj)と、プロジェクト終了後・結果判明前の配分決定(postProj)を比較
    • リーダーが決める「自分に配分する報酬の割合」をケース間で比較し、preProj < postProj であれば「寛容」と定義
    • これは、メンバーの努力を引き出すために、あえて自分の取り分を少なくする意思決定を示す
  2. 責任感の測定

    • 失敗結果判明後の配分決定(negOut)と、成功結果判明後の配分決定(posOut)を比較
    • リーダーが自分に配分する報酬の割合を比較し、negOut < posOut であれば「責任を取る」と定義
    • これは、失敗時により多くの責任を引き受けようとする意思決定を示す
数理モデルを用いた分析

数理モデルを用いた理論分析では、リーダーとメンバーの2人で構成されるチーム生産モデルを考え、チームプロジェクトから生じる収入を、異なるタイミングや情報構造の下でリーダーがどのように配分するのかについて検証しました。

理論モデルの結果からは、

  1. プロジェクト開始前に配分決定する状況では、プロジェクト終了後に配分決定する場合よりも、より「寛容な(リーダー自らに小さな割合・メンバーに大きな割合の)」報酬配分ルールを設定する。この傾向は、リーダーの利他性が強いほど強くなる。
  2. プロジェクトの成果が悪かったと判明した後に配分決定する状況では、それが良かったと判明した後に配分決定する状況よりも、より「責任感のある(リーダー自らに小さな割合・メンバーに大きな割合の)」報酬配分ルールを設定する。この傾向は、リーダーの利他性が弱いほど強くなる。
  3. リーダーの「寛容さ」や「責任感」は、リーダーの評判コストへの認識によって左右され、これはリーダーの様々な性格特性に影響され得る。

という定性的予測が得られました。この理論予測を、次に説明する実験で確認しました。

実験を用いた分析

オンライン上の520人 (20~60歳)の有業者である参加者を「自らがあるチームにおけるリーダーとして振る舞う」と想定し、以下の異なる条件を4つのシナリオ条件(各130名)にランダムに割り当てて、その条件における「自らが決定する報酬配分ルール」について聞き取りしました:

  1. プロジェクト開始前の配分決定(preProj)条件

    • チーム形成直後に配分を決定(この時点では努力水準も結果も未確定)
    • メンバーの努力水準に影響を与える可能性あり
  2. プロジェクト終了後・結果判明前の配分決定(postProj)条件

    • すでにメンバーの努力は確定済みであるが、まだ結果は不明な段階
    • メンバーの努力水準への影響なし
  3. 失敗結果判明後の配分決定(negOut)条件

    • 最低利益(60万円)が確定
    • 失敗の責任が問われる状況
  4. 成功結果判明後の配分決定(posOut)条件

    • 最高利益(600万円)が確定
    • 成功の要因帰属が問題となる状況

全ての条件で、参加者は以下の決定を行いました:

  • 総報酬のうち、自分(リーダー)の取り分を0%\UTF{FF5E}100%で決定
  • 残りは2名のメンバーで均等に分配
  • この決定は binding(事後的な変更不可)
個人特性の測定

上記の介入の前に、参加者は、性別とともに、利他性、楽観性、リスク選好、キャリア志向性など12の性格特性について測定し、「寛容性」や「責任感」が、どのような性別や性格のリーダーに顕著であるのかを明らかにしました。

何がわかったのか

1. 寛容なコミットメントに関する発見

性別による違い:

  • 女性リーダーは、プロジェクト開始前により寛容な配分を行う傾向
  • 男性リーダーでは、そのような傾向は見られない

個人特性の影響:

  • 利他性が高いリーダーほど、プロジェクト開始前に寛容な配分を行う
  • 職務満足度や楽観性・競争志向性が高い女性が、より寛容な報酬配分を選択する傾向
2. 責任の取り方に関する発見

失敗時の対応:

  • 男女ともに、プロジェクト失敗時は自分の報酬割合を小さく設定、つまり「責任」を示す
  • ただし、その心理メカニズムは異なる:
    • 男性:内部帰属(自身のリーダーシップ不足を認識)
    • 女性:外部要因(制度や習慣によるものの可能性)

個人特性の影響:

  • 利他性が低いリーダーの方が、より強く責任を取る傾向
  • リスク回避的、信頼度が低い、キャリア志向性が低いリーダーほど、失敗時により大きな責任を取る。つまり、従来の「強いリーダーシップ」と考えられてきた特性(リスクテイク志向、競争志向、野心的など)を持つリーダーほど、責任を取る傾向が弱いことが判明

何の役に立つのか

組織のリーダー選抜では、従来の「強いリーダー」像にとらわれず、状況に応じて多様なタイプの人材を登用することが重要です。特に、報酬制度の設計において、プロジェクト開始前のコミットメントや失敗時の責任の取り方に関する明確なガイドラインを整備することで、効果的なリーダーシップの発揮が期待できます。

リーダー育成では、報酬配分を通じた動機付けの重要性と、性別による異なるアプローチの特徴を理解し、個人特性に応じた育成を行うことが必要です。多様なリーダーシップスタイルを認める環境を整えることで、より効果的な人材育成が可能となります。また、これは理論分析の結果からのみ言えることですが、報酬分配ルールの事前のコミットメントが、リーダーの寛容性を引き出すことで、最も高いチームパフォーマンスを引き出すという側面も、本研究から得られた重要な知見であると考えます。

本研究は、公益財団法人 全国銀行学術研究振興財団の助成を受けました。記して感謝申し上げます。